Fight Club

すこぶる体調が悪い.
これは風邪か?(「いや鬱だ!」という声もちらほら...笑)もちろん尿も最悪だ.結局昨日は一日寝てた.
でもアメリカに行ったらそんなこと言ってられないんだろうな.
体調悪かろうがなんだろうが授業に出てディスカッションで他の学生達をなぎ倒し,前へ前へと進んでいかなくちゃいけないんだろうな...(偏見?)ああ...自分専用「ポジティブ・クリニック」が欲しい.せめて感情制御装置だけでも...(早くもK先生が貸してくれた業田良家に影響されている...笑)

映画"Fight Club"の中で,ブラッド・ピット扮するタイラーはこう言う.「小さい頃はテレビの中にヒーローが存在していた.それを見ながら僕らはきっと大きくなったら『何者』かになるんだって信じていたんだ.でも大きくなってみて分かる.僕らは結局『何者』にもなれないんだってことが.」
でも問題は「何者」かになれないことにあるんじゃない.それよりもむしろ「何者」にもなれないことはもはや明確なのに,外からは「何者」になること,「何者」かであることを要求され,「何者」かになることによって,あるいはそれを演じることによってしか社会の中で位置を得ることができないという点に,真の苦しみが宿るんだと思う.
例えば「私は社会の為になっているんだろうか」とか「この巨大な歴史の内に,確かに存在しているんだろうか」とかいう思考の内には,「何者」かになることによって自己実現が可能となる,と同時に「何者」にもなれなければとたんに自己の存在が不確かなものとなっていくことが示されている.でもじゃあどうやって自己の存在の意味とかを確かめうるかといえば,それはやっぱり「あれは僕が設計したビルだ」とか「このヒット商品は私が企画したんだ」とか「俺の名前を出せば(っていうか会社の名前)この忘年会シーズンにも飲み屋でササッとテーブルが空くぜ」とか...はたまた「私,ちゃんと適齢期すぎる前に結婚もしたし,旦那は名の知れた建築会社で将来有望だし,子供もちゃんと教育してるし」...とか結局そんな部分でだったりするわけで,しかもそれを「結局そんなもんか...」とか自分でも思っちゃったりするもんだから突然巨大な虚無感に押しつぶされそうになってしまったりするんだ.
でもだからといって,そういう外面的な...というか外から与えられるような自己規定を巧みにかわしつつ,「何者」にもならずに...っていうのはつまり「何者」かとしての自己を演じることなく生きていこうとすれば,世間はとたんに凶暴なものとなって自分に向かってくることになる.それはつまり,この社会における成功も自己実現も,その結果えられる幸せや未来への可能性みたいなものもすべて,この社会の中の一要素として,その絶えまない成長を支える部分として自己を作り上げて行くことによってしか得られないようになっていて,それ以外の生き方,生の形式というものはあり得ないような状態になっているということを意味している.そこからはずれてしまえば,「私」は単なる「脱落者」とか「役立たず」とか「怠け者」「無責任」「弱者」「非社会的」「努力が足りない」等等...(すべて一度は言われたことのあるセリフだったりして...笑)ってことになって,そこにはもはや当たり前の幸せも夢も希望もなくなってしまう...かのように思わされてしまうことになる.この社会の中で,どうやって自分の生のあり方を構築して行くことができるのだろう.それはいわゆる画一的に押し付けられる社会的「自己」規定の枠にあてはまることによってではもちろんない.
...長くなってきたので続きはまた明日...

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12月の終わりに書いて中途半端なままになっていた文章の続きというか補足をしておきたい.
自己の存在の意味とかを確かめうる手段として「あれは僕が設計したビルだ」とか「私,ちゃんと適齢期すぎる前に結婚もしたし,旦那は名の知れた建築会社で将来有望だし,子供もちゃんと教育してるし」...なんていう凝り固まった路線しかないということ自体が問題ではないんだと思うし,そういう部分で自己実現を行うこと自体を否定する気も全くない.ただ私が重要だと感じるのはそうした枠組みから外れてしまった場合,あるいは始めからそこではやっていけないということを実感した人々が,「何者」にもならずして生きていこうとする時に直面する困難さの問題なのである.「何者」かになるという時の「何者」規定は,本来人それぞれに違うものであり,多種多様な自己実現の可能性が含まれているはずのものである.しかし実際自己の存在を確認する場合には他者からの視線(他者との関係)が必要となる.問題はこの他者との関係において,人々は相互の実践的な交わりを通して各々を作り替えていくという創造的過程に至らず,しばしば他者の視線(それは同時にその他者が組み込まれているより大きな社会のまなざしでもある)を自己のうちに内在化し,それを自己のあるべき姿として演じはじめるという点にある.重要なのはそこで自分がある社会的に規定された自己像を演じているだけだと認識するかどうかなんていう点にあるのではない.演じていようがいまいがそれが自己のあり方とズレを生じない限り,人々は幸せや生きがいを見い出すことができる.しかし時にこの外から規定されると同時に自分が辿ってきた自己のあり方と自己が求める(すいません.適切な言葉がみあたらない...)生のあり方とがどうしようもなくズレる瞬間というのがある.そうした瞬間を幾度となく経験しつつ,なおかつ生きていこうとする時,ある画一的な枠組みでもってしか自己の存在の意味とか幸福を呈示できない社会は巨大な暴力的組織として襲いかかってくることになる. 

こういうのはどうだろう.
「何者かになる」という時,この「なる(become)」という言葉のうちには,自分を構成する様々な要素を結合してある完結されたなにかを提示するという意味が含まれている.しかしそれは同時にある一つの全体的「私」像を形成するために,不必要とされるような部分を捨て去ることでもある.何者かとして自己を成立させる際には,必然的にそこからこぼれ落ちるものがでてくる.そして自分がかつて無駄なもの,不必要ながらくたとして捨て去ったもの,背を向けてきてものが,やがて自己に対して迫ってくるのだ.それに対し,いわゆる無駄なものをすべて抱え込んだまま,そういったもろもろの物を自己を構成する部分として,そういうものと共に(with)あるという形で自己を構成していくことはできないだろうか.
これは別に新しいアイデアでもなんでもなく,障碍を持つ人々やホモセクシュアルの人々が社会に対して行ってきた様々な実践の中において広く見られる考え方であるし,ハンセン病国賠訴訟のような人権に関する裁判の過程においても垣間見られるものである.例えば障碍者の人々は障碍を不健康・非生産的要素として切り捨てる健常者社会に対し,障碍と共に生きることの自由を問いかける.ホモセクシュアルの人々は,「人並みに結婚して子供を作り,家庭を持って幸せになる」というヘテロ的幸福な家庭像や社会像に対し,異なるセクシュアリティのあり方を問いかける.ハンセン病の国賠訴訟において問われていることは,ハンセン病者に対する国の責任問題という枠を越え,ハンセン病者が隔離された環境において病と共に生きてきた日々,日常の営みをいかにして一つの生のあり方として結実させることができるか...という問いをも含む.それはいずれも社会的に規定された「何者」かに「なる」ことに対する多様な生のあり方の可能性を提示するものである. 

 
December 2000
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