雨の日のポルノ、白っぽい空間、おしっこがキラキラ

2ヶ月以上も前のことだけれど、名古屋のシネロマンで今岡信治脚本・監督の「高校牝教師 汚された性」を見た。

今岡信治の魅力は一瞬のきらめきだ。
若さとか希望とか未来とかが意味を持たない日常の内で、みんなどうしようもなさを持て余しつつやったりやられたりしながら生きていく。
何も変わらないし、先も見えない、どちらかといえば傷付くことの方が多い日々。

でもそんな日常にも、心温まる一瞬や、これからも生きていけるかもしれないと思えるような一瞬というのがある。買い物袋を下げて、線路沿いの小道を家に向かって歩いている時に見える空の形や、橋の上から眺める河の色、日が沈んでいくにつれて街の明かりがぼんやりとその存在感を増していく感じや、天井まで積まれた本から漂う紙のにおい。電線の作る影や夏の夕暮れ時の湿っぽさや髪の毛が額にはり付く感じや、水の匂い。
目にうつる一つ一つの部分が、ある瞬間に一つに重なり合ってとてつもなく美しく輝きだすような... 
何かをきっかけにふと思い出して、そしてちょっと救われたような気持ちになる、そんな幸せな瞬間の想い出。そういう瞬間を、ありったけの想いを込めて映像化するのが今岡信治だ。

本当に... 道ばたのでストッキングをガバッと下げておしっこする女の人を、あんなに幸せそうに撮ることができるのは彼をおいて他にはいないと思う。おしっこの後、男と手を繋いで駆けていく、分かれ道で何度も何度も手を振る、その輝きははかなくて壊れやすくて、でも強い。

実際は、女が愛してやまない男には浮気相手がいるし、女はその浮気相手の策略によっていとも簡単にレイプされてしまう。おいつめられた女は男子生徒の身体をむさぼる。初めは憧れの先生とのセックスに酔いしれていた生徒も、女の切羽詰まった欲望に圧倒され、最後には「もうできないよ!」と後ずさる。その男子生徒には、成り行きでやっちゃった同じ学校の女生徒がいるが、彼女は男子生徒の子供を孕んでいる。女生徒が見せる行き場のない歪んだ執着。魅力的なセックスをする男の浮気相手も、最後には醜い態度で男をなじる。それぞれにどうしようもなくなって、結局またやっちゃったり、トイレにとじこもってぼんやりとしたり、夜の街を犬と一緒にさまよったりしてしまうわけだけれど、そんな中でも空き地で男に「チー、チー...」と言われながらおしっこする時に女が見せた、あの一瞬の輝きは消えない。それくらい強烈なのだ。

もちろんその一瞬があったとしても修復不可能な関係や許すことのできない過去、忘れることのできない傷はある。その一瞬を思い浮かべた瞬間に苦しいことや哀しいことが全部帳消しになるなんてことは絶対にない。でも、だからこそ、その一瞬の美しさは残る。強く、心の内に。そこに生きる意味があるとか希望が宿るとかいうつもりはないけれど、でも、あの一瞬の美しさは特別だと思う。今岡信治の映画を見るたびに、思う。

過疎地、魚、水っぽい乾き

久しぶりに「ラブ・セレナーデ」(1996年、シャリー・バレット)を見た。
オーストラリア映画で、個人的にとても愛着がある一本だ。
何度も何度も見たので、一時はセリフも暗記していたほど。それくらい好きだ。

この映画が私にとって特別な理由の一つは魚だと思う。
魚が出てくる。
なんでなのか自分でも全然わからないのだけれど、魚が出てくる映画が大好きだ。
その意味では、エミール・クストリツァの「アリゾナ・ドリーム」なんか、もう、涙がでるくらい好きだ。
なんてったって魚が空をとぶ。
魚の数を数える男。魚の内臓を膨らませて遊ぶ子供。砂漠をゆらゆらと魚が飛んで、雷雨の中、亀がノソノソと去っていく。
全体に流れる水っぽさがたまらない。

「ラブ・セレナーデ」はクストリツァの作品ではないけれど、同じような水っぽさに包まれている。
茶色く濁った川の中でうごめく魚たち。薄暗い中華レストランの水槽。エラ男のヌメッとした喋り方。オーストラリアの、何にもない砂埃にまみれた退屈な町の風景を包み込む湿っぽい夕日。色みを欠いた町並みと、そこでくり返される日常。
どうしようもなく閉ざされた感じとか、鬱屈した空気とか、後ろ向きなダサさとか、そうとは気付かぬ内に次第に狂っていく生活の細部なんかが、映像の端々からジワジワとひっきりなしに滲み出してきて、画面全体を覆っていく。それはもう、ただ、水っぽいとしかいいようのない絶え間なさとつかみ所のなさでもって常にそこにある。
決して若くはない中華レストランの主人が、店のドアから出てきて、人通りのない街路に店の看板を立てかける。頑丈そうではありながらもくたびれた感の否めない主人のまるっこい背中を夕日が赤く照らし出す。やがて急激に色を失っていく夕日の下で、彼も彼の店も、町並みも、一様に色を失い溶け合っていく。その風景を前にするといつも涙がこぼれてしまう。

最高の泣き映画だと思うんだけど、この映画を見て泣いたという人とはこれまで一度も会ったことがない。
というか、これ、「オーストラリア発、おしゃれでかわいいブラックコメディ!」みたいな売られ方していたやつだしね。
魚好きとか、南国田舎育ちとか、水っぽい風景見ると死にたくなるとかいう人にはお勧めです。多分。

 
August 2003
archives
categories
recent entries
recent comments
search
サイト内検索