idealism and pessimism

今日の授業は割とうまくいった。
授業の後、いつも質問してくる学生の一人とノージック、ロールズ、ネーゲル、シュミッドの正義論について30分ぐらい話をした。「つーか、ノージックの言うことってとことん間違ってない?」とか。彼は資本主義礼参、自由主義万歳みたいなシンプルな思考にどうしてもついていけなくて、どうしてこういうことを言う人がアメリカ合衆国のアカデミアのトップにいるのかが分からないと言っていた。その気持ちはとてもよく分かる。それにしてもメインストリームのアメリカ人知識人というのはなんでこう、理想主義的なのだろう。理想的なシステムを構築すれば万事OKみたいな。その理想に向かってプログラムされたシステムの内に、自らを破壊する要素というものが否応なく含まれているものなのだ、という風に考え出したらもはやメインストリームではやっていけないような風潮すらある。というかまずやっていけない。でも私みたいに初めからメインストリームに乗る条件を満たしていないような人間は別としても、メインストリームに乗っていけなくなってはじめて見えてくるものは沢山あると思う。失敗したり限界を知ることは大切だ。その度に自分を立て直すのは大変かもしれないけれど、一旦崩れて、そこで初めて考えることとか、言葉にすることとか、書くことの意味といった基本的な問題を真剣に考えるようになる気がする。そして崩壊の経験は、論理にある種の深みみたいなものを与える。そんな気がする。

posted by f at 2003/11/22 3:01
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