ひとりもの

津野海太郎の『歩くひとりもの』に「手紙ぎらい」というエッセーがある。ひとりものの生活というのは気楽であるように見えて、実は様々な条件の上にかろうじて成り立っているような所があって、その生活を維持していくには、ひとりでの生活のテンポを乱しかねない要素を生活(少なくとも家の中での生活)の内から注意深く排除していかなければいけない所があって、手紙というのもその一つなのかもしれない、という内容なのだけれど、読んでいて共感する所が多い。

かくいう私も手紙の返事を書くのにとんでもなく時間がかかったり、あるいは全く返事を書けなかったりすることの多い人間なのだけれど、おもしろいのは、そういう傾向が現れだしたのが一人暮らしをはじめて以降である、ということだ。
両親や弟と一緒に暮らしていたころの私は、どちらかというと手紙魔で、理由を付けてはなんだかんだと手紙を書いた。相手がいない時にはペンパルを探して毎日のようにせっせと手紙を書いた。交換日記みたいなものをする時には一日も間をおかずにきっちり次の人へノートを廻したし、日記仲間のうちの一人が何日もノートを止めてしまうようなことがあると、やたらとやきもきしながら自分が書く番が回ってくるのを待った。

そういう傾向はひとり暮らしを始めてからぱったりと止まってしまった。
両親と生活していた頃に手紙が果たしていた機能というのを、ひとりになった私は必要としなくなったのか、あるいは生活の基本的なことに追われて手紙を書く余裕を失ってしまったのか。

ちなみに津野氏曰く、手紙嫌いというのは「受信嫌い」と「送信嫌い」とに分かれるらしい(もちろん両方持ち合わせている人もいるわけだけれど)。筆無精という言葉は主に「送信嫌い」の人を指し、手紙嫌いの中でも割とメジャーなタイプなのではないかと思う。私も長く、自分はこちらのタイプだと思っていた。

手紙を貰うと嬉しくて、いろいろ考えて返事を書きはじめる。
勢いがある内に返事を書ききってしまえる場合にはすぐに返信できるのだが、多くの場合は何となく言いたいことが言葉にならず、中途半端な状態のまま筆を置いてしまう。そうなるともうダメで、何日かおきに書き直してみたりするのだけれど、まず完成することはない。時間が経つにつれ、「ここまで遅くなったのだかがもうちょっと気の効いたことを書こう...」なんていう気持ちになり、そうしている内ににっちもさっちもいかなくなってとうとう手紙そのものを放り出してしまう。だいたいいつもこの繰り返しだ。
そうやって書きかけのまま返信されなかった手紙だけが後に残る。
返事を書くことを初めから試みない人も多いのだろうけれど、書かなくては書かなくては、という思いが積もり積もってますます返事を書けなくなるというのは、まさに「送信嫌い」の典型的なパターンらしい。

ただ、津野氏のエッセーを読んでいてドキッとしたのは、これまで単に筆無精(送信嫌い)なだけと思っていた自分の中に、実は「受信嫌い」の徴候までもが出始めていて、そういう意味でかなり末期的な「手紙嫌い」になりつつあるのではないか、なんてことを思ったからだ。
例えばおととしの夏から秋にかけて、私は三ヶ月近くメールの受信をやめた。正確に言うとインターネットにアクセスできなくなった。それが誰からのものであったとしても未読メールのサインを見るのも嫌になっていた時期があった。外からの情報なり言葉なりを全く受け付けなくなっている自分に気付いた。「元気?」といった言葉ですら私の生活の境界を侵犯してくる脅威のように感じていた。
そういう風に、外からの語りかけに敏感に反応してしまったり、それに対して自分の生活なり精神状態なりをかたくなに守ろうとする態度は、私の中のひとりもの的な部分から来ていたのかもしれない。考えてみれば、それ以前から電話に全く出られないなど、受信嫌いの傾向はあったのだ。

ここまで書いて、結局の所何が言いたいかというと、メール出さないでごめんなさい&返信が遅くてごめんなさい、ということです。なんとなくそれっぽい説明を延々して、自分を正当化しようとするのは哲学とかをやっている人間の悪い癖だということもよく分かっています...... ちなみに今ではメールを未読のまま何ヶ月も放置しておくということはしなくなりました。もうちょっと筆まめになろうと日々リハビリ中です。

posted by f at 2004/02/12 23:49
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